カテゴリー「言葉と人と時間の旅」の115件の記事

2010/11/10

宮良多鶴子さんのライブを聴いて

 宮良多鶴子(みやらたずこ)さんという方のコンサートを見る機会を得ました。沖縄出身のソプラノ歌手です。宮良さんのコンサートの特徴は、半分くらいが“ゆんたく(沖縄の方言でおしゃべり、今風に言うとMC、本人的表現ではネタ)”だという点でしょうか。おもしろかったです。歌ばかりにすると、もっとハナシをしろ、と言われ、ハナシを多くすると、もっと歌を聴かせろ、と言われ・・・どっかで聞いたな、と思ったら、初期の頃の“ゆず”のライブがそんな感じでしたね、確か(笑)。
思うところも多々ありました。宮良さんはバイタリティーの固まりのような方で、どこにでも呼ばれれば行き、どういう条件でも歌います、というのを実行されています。その歌を目の当たりにしますと実際にスゴイ。そして以前から頭に残っているコトバが浮かんできます。

 「これしかやりません、というのが、芸術家。なんでも引き受けます、というのが職人」

自分は、どっちかというと後者のタイプだな、なんて思っていましたよ〜。だって“これしかやりません”なんていうのは天才だけに許された特権ですもの thinkしかしどうやら宮良さんは、どんな過酷な環境下でも、瞬時にプロレベルの質で仕事をやりとげます。正解の形というのは、色々あるものだなあ、とつくづく思いました。

→ “宮良多鶴子さん”のHP

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2008/09/16

チャレンジの機会

 先日、雑誌でバラク・オバマ氏の簡単な生い立ちのようなものを読んでいたら、こんなことが書いてありました。オバマ氏は小さい頃、養父に「人の上に立つ人と、下で仕える人と、どっちになりたいんだ!」と、かなり強く鍛えられたようですね。
このブログで初期の頃「2つの平等」という記事を書いたことを思い出しました。これは税金のハナシで例えたのですけれど、今回のは違う方向の“平等”ですね。つまりアメリカでいうところの平等というのは、全ての人に“等しく”チャレンジの機会が与えられなければならない、ということであって、徒競走のゴールでみんなで手をつないで、という結果における平等ではない、ということですよね。チャレンジの結果はあくまでも自己責任ということ。
聞いたハナシなんですけれど、アメリカではお金持ちの税率を高くしようとすると、低所得者までが反対することが多いそうです。その発想の根本には「いつか自分もお金持ちの側にまわるかもしれないのに」という考えがあるようです。ま、人それぞれではあるでしょうけれど。
そういう意味でも、日本て、つくづく社会主義“的”国家ですよねぇ・・・。

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2008/09/09

スポルディング・コレクション

 1年半前、ボストン美術館所蔵の浮世絵の記事「紫屋歌麿」という記事を書きました。Nスペで紹介をされたモノを見たのです。その浮世絵は、絶対に展示をしないことを条件にボストン美術館に寄贈され、その結果、作品群は所期の目的の果たすべく驚くべき鮮明さを保っていたのです。その事によって新しく分かった事実の数々。
先日、その第2弾の番組が放送されました。今回は3人の絵師たちに焦点を当てました。まずは国政(くにまさ)という写楽に勝るとも劣らない人物。ほとんど作品が残っておらず幻の絵師と呼ばれていました。この人の浮世絵が超一級の状態で残っていたのです。ホントすんげぇです。それから春信(はるのぶ)。浮世絵を錦絵、つまりカラーにした人です。その移行の瞬間?に立ち会えます。どのような経過のものとにカラーになっていったのか。そして広重(ひろしげ)。国政もそうだったのですが、絵師と版元(出版社)との方向性、力関係の間で揺れ動くさまが興味深いです。芸術性と大衆性の対立。今と同じですね・・・。
それにしてもキレイな発色でした。テレビはアナログでしたけれど(笑)。では〜。

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2008/04/13

小顎

 Nスペを見ていました。睡眠時無呼吸症候群をやっていたからです。ボクはそうではないのですが(そうだと思いますが(笑))、イビキのことを人から言われることがあります。もともと慢性鼻炎気味なので、そのせいなんだろうなあ、と漠然と思っていました。
小顎(しょうがく)というコトバがあるんですね。そのまま小さい顎(あご)というイミです。イビキをかきやすい人として太った人と小顎の人とがあげらていたのでありました。ありゃりゃん。太った人はよく聞くけれど、小顎の人もなんですね。ボク、典型的な小顎です。顎が小さいと舌の収まり所が無くって、寝ているときに気道をふさいでしまうんだそうです。
自分の顎の小ささを知ったのは歯医者でです。ボクの場合、顎が小さいので親知らずが生える場所がないんだそうで、つまり、この親知らずは歯茎からほじくりださんとイカンということらしいです。想像しただけでサブイボですね。
歯列矯正ってありますけれど、アメリカあたりでは小顎矯正なんてのもあるらしいです。成長期の子供に有効な感じの「装置」でした。ボクはもうダメでしょうね・・・困ったちゃん。

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2008/02/21

将軍の命日

 先日の「東京マラソン」、まさに東京のど真ん中、交通規制も激しかったようですね。それを見ていて、とある本を読んだことを思い出しました。ただこれから書くことはボクの私感がかなり強いので、誤解がないように書名は控えておこうかと思います。
徳川家の将軍は全部で15人いたわけですが、お墓(霊廟)は日光と芝の増上寺、上野の寛永寺に分かれています。そのうちの上野寛永寺の霊廟には6人(慶喜も入れれば7人ですが)。その将軍の命日に操作の疑いがあるというおハナシです。まあ、俗説なんですが。
20日と8日が多い(笑)。とにかく将軍ですから、月命日とか何とかをイチイチちゃんとやらなくてはならないわけです。時代が下れば、当然、将軍の「命日」も増えていくわけですから、お寺としてはまとめてしまいたいわけです。特に時の将軍が江戸城から寛永寺へ「御成」になるときには、激しい交通規制が行われるわけです。沿道の商店もすべて閉鎖です。こんなことをしょっちゅうやっていた日には、江戸の行政、経済活動にあたえる影響も甚大ですからね。
まあ俗説です、もう一度言っておきますが。増上寺の方にはそういう「傾向」は見られないそうですし・・・。

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2008/02/14

キヨシロー

 キング・オブ・ロック、忌野清志郎が復活しました。2月10日の武道館ライブの記事、これを読んだだけで涙が出てきます・・・。喉頭ガンです。みんな復活を望んではいたけれど、あの歌声は二度とは聞けないのでは、と思ったとしても不思議はありませんからね。
ボクは今回の武道館は行けなかったけれど、NHKのSONGSとかいう番組は見させて貰いました。本当に病気だったのか、というくらいに完璧な声の張りです。信じられません。若い頃から過酷な生活をしてきているので、これくらいは何でもないのかしらん(笑)。
今回の武道館ではチャボはもちろん、新井田耕造もいたとか・・・見たかったなあ。RC(サクセション)の最後の(だったと思う)武道館は、淋しい空気感でいっぱいでしたもんね。お客さんの側も、「これで最後かも知れない」という予感がいっぱいでしたよ、たしか。スローバラードもやらなかったし・・・(これもたぶん←スイマセン、なにしろすごく昔のハナシで)。
何かどんどん取り留めが無くなってきましたので、コレで終わりにします。新曲「毎日がブランニューディ」最高です!

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2008/02/10

さんまシステム

 「ほぼ日刊イトイ新聞」で現在連載されている明石家さんまさんのインタビューを楽しく読んでいます。こういう取材やインタビューはほとんど受けない人ですからね。本文中にも出てきますけれど、ほとんど修行僧のような生き方、というか考え方です。
もともとは睡眠についての特集の一貫としてのインタビューです。さんまさんはほとんど寝ないと評判ですからね。お医者さんに診てもらったら「そういう病気です」って言われたとか(笑)。そこからハナシが膨らんで「人生論」みたいな展開になってます。
一番ボクの心に触れたのが「勝負は勝ってる時には放っておいても勝つわけで、負けてる時にどれだけ抑えられるかが重要なんだ」というところ。調子悪いときにこそ人生の醍醐味?があるというか。そしてそれにからんで、相田みつおさんの「敗者がいるから勝者がいる」という感じのコトバにとても違和感を覚える、と出てくるのですが、これにはボクも思わず「そうそう」とうなずいたわけでして、説明はできないけれど、ずっとモヤモヤしていて、今回のインタビューの流れを読んでいて凄く納得したんですね。さんまさんの言い方を借りれば「あいださんは女で苦労してないなと思いましたね」となるわけです。人生を生ものとして見ていないと。
連載は次回(火曜日かな?)で最終回です。

→ 「ほぼ日刊イトイ新聞」はコチラ

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2008/01/26

そぞろ神

 録画しておいた「爆笑問題のニッポンの教養」を観て面白かったです。今回の講師は塚本勝巳(海洋生命科学)さんという先生で、ウナギの産卵場所を世界で初めて特定した方です。魚の回遊の研究ですね。例えばアユなんですけれど、少しずつ水温を上げていった時に、ある温度になると現在の位置から「脱出」を図ろうと始まるそうなんです。回遊動作の始まりが。
塚本先生はその脱出の「動機」は果たして何であるか、と思ったんだそうです。で、達した結論が「そぞろ神」だと!
「そぞろ神」・・・人の心をそわそわさせて、ある行動にかりたてるもの
松尾芭蕉の奥の細道に出ているのを見て、ピンと来たんだそうです(笑)。何か特定のスイッチが入るといてもたってもいられなくなる、という感じですか〜。人間の「そぞろ神」にあたる感情が魚にもあるに違いないんだ、と。
まさに「ボクが旅に出る理由」っていうやつですね。ボクの「そぞろ神」はどこに行ってしまったのでしょうか?・・・。

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2008/01/22

奈良橋陽子さん

 記憶は曖昧ですが、逆算すると1月の11日だったんでしょう。仕事の休み時間に携帯電話に配信されるニューストピックスを見ていたら「演出家・奈良橋陽子の舞台の幕が上がる」という一文が目に入ってきました。ボクはビックリしました。もちろん「業界」では有名な人ですし、最近の活動などもネットなどを見れば知ることができますが、こういった「一般的な」トピックスに混じって登場することはとても意外に思えたのです。
ボクの人生があと何年くらい残っているのか知りませんが、例えば死ぬ間際、いくつかあるであろう人生のターニングポイントをふり返った場合、彼女の名前はまず外すことはできません。20歳代の早い時期、この人に出会わなければボクの人生は全くちがったモノになっていたことだけは確かです。それは人生の方向を示唆されたとか、特別の指導を受けたとか、そういう類のモノとは全く別の次元のハナシなんです。「圧倒的な能力を持ったスゴイ人というのはこういう『感じ』なんだ」というのを体感した、という経験です。
携帯の画面を見ながら、タイミングが合えば見に行こう、と思っていました。

→ 奈良橋陽子さんの Wikipedia のページ

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2008/01/13

続:池坊由紀さん

 立命館大学東京校「京都文化講座」の第一回目の講師としてやってきたのが池坊由紀さんでした。配布された資料と実際の話の流れから、ボクは「2時間の内容だな」と思いました。たぶん合っていたと思います。こういう「講演」って2時間が多いですよね。しかし大学の「講義」という体裁を取っていたので時間は90分です。やはり?窮屈な印象になってしまいました。
ハナシの柱は3本です。「生け花の歴史」、「(華道のターニングポイントとなった)池坊専應口伝のお話」、「実作品画像を使っての解説」という感じです。各々に30分を割り振ると、もう一杯です。これでは「遊び」の30分が取れない・・・。人前でハナシをする時に、この「遊び」の部分が非常に大切ですよね。これを切りつめなければイケナイ状態というのは相当にキツイ・・・。
特にイントロの部分は気を使わなければいけないと思っています。落語でいう「まくら」ってやつですか。「つかみはOK!」とできるかどうかで、その後の流れが決まってしまいますからね。
その日の池坊由紀さんは洋装でした。ボクのマル秘メモによると「大振りの千鳥格子(ハウンドツース)柄のエンジ色のツーピースのスーツ」となっています。ストーカーかって!(笑)。んで、イントロでこういうハナシをしたんですね。「受付に行ったところ、“受講生”はコチラですって案内されてしまいました〜。それらしく(次期家元らしく)見えないらしいです」トホホみたいなネ。これで場の空気がちょっと変わりました、実際。機会があったら2時間のフルバージョンで聞いてみたいと思いました。
人前でハナシをするというのは本当にムズカシイ。

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