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2005年8月に作成された記事

2005/08/31

デザインと選択

 たまに「目からウロコが落ちる」ことがあるのですが、そういうお話です。
デザイン、というコトバがあります。「大辞林」をひくと意匠・設計・図案、などと載っています。英語ではdesign。これはde「完全な」という接頭語と、sign「印、サイン」という単語がくっついたのが元々で、つまり「完全な印」という意味です。これを見ると、何か「よりよいモノを追求していく姿勢」のような印象を持たないでしょうか?少なくともボクはそういう印象をもっているのです。
パソコンはMacを使っています。理由はカッコイイと思うから。単純です。「良いデザインと機能性は比例する」というコトバも好きです。そう信じている、と言っても言いすぎではありません。
つまり、(経済的な理由や諸条件を勘案したとして)同程度の機能、値段の製品(商品)があった場合、可能な限り、ボクはボクにとってデザインのイイものを選択する、ように日々心掛けているということです。
ある人が、今はやりのMP3プレーヤーを買いました。しかしその人は、同程度の機能、値段ならばもっとカッコイイものがあったのに、どう考えても「ダサイ」方を選びました。その理由を聞いてボクは「あ!」っとなったのです。その理由とは「だってカッコイイ方はオレのキャラに合わないから」というものなのです。
ボクが驚いた要点というのは、センスがない、とか、使えれば何でもいいんだ、ということではなくて、「自ら進んで」よりダサイ「デザイン」の方を選択する人がいるんだ、ということなのです。
人のこころは複雑です。

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2005/08/30

アップルの新製品?

 アップル・コンピューターが9月の頭に重要な「発表会」をサンフランシスコでおこなうらしい、とのことです(ちなみにボクはMACを使う人です)。新型のiPodだとか、iPodフォン(iPodのついた携帯電話。売られてはいないが、製品自体の画像は結構出回っている。モトローラ社製)がいよいよ発表になる、とか憶測を呼んでいます。
ただアップルが「同社の将来にとって重要なイベントになることを匂わせている」ことから、今までの製品ラインナップとは、全く異なるカテゴリーの新製品を発表する可能性もあるとのことです。
ん〜、どうでしょう?(笑)

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2005/08/29

街の風景

ebisu
なんだかんだと、ようやく日が短くなってきましたね。ホッとします。

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2005/08/28

キリン秋味

akiaji 夏はビールです。
その中でも毎年「秋味」が出るのを、とても楽しみにしています。夏の終わりに、これが出ると一辺倒です。ボクの舌に一番合うのです。毎日、毎日、これを呑んで、やがて店頭から消えていくころ、ボクのビールの季節が終わります。
しっかりした味が好きな人に。

キリンビールのHP

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2005/08/27

水の力

 メモ代わりにして申し訳ないのですが、今日、仕入れたネタを忘れないために。
和食の命、「昆布だし」はヨーロッパでは、うまく作れない。水が硬水だから。軟水でないと、昆布のうまみは抽出できないそうです。
野菜などを煮るときには硬水の方が、おいしく出来上がる。軟水だと野菜のおいしい成分までしみ出てしまうから。特に枝豆を硬水で煮ると、絶品だそうです。

硬水といえば、ボクは「コーヒーは硬水で入れた方がおいしいハズ」と何かで覚えていたのですが、説によっては「軟水の方が良い」というのもありますよね。本当のところどっちでしょうね?コーヒーはヨーロッパで発達したような感覚があるので、硬水説が有利?ティーの国、イギリスの水は軟水かしらん。

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2005/08/26

薩摩と長州

 江戸幕府を倒す大きな原動力になった出来事の一つに「薩長同盟」があります。薩摩(今の鹿児島県あたり)と長州(いまの山口県あたり)が軍事的に手を結んだという出来事です。そして、その勢いのまま、明治政府の中枢を「実質」このふたつの藩が握ることになるのです。
ここで注意しなければならないのは、今の感覚(常識)で物事を考えてはいけない、ということです。たとえば、現在でいうところの「国」という概念は、このころのほとんどの「日本人」は、持っていなかったという点です。天下国家というコトバは、この世の全て、という意味ですが、これ(江戸時代まで)は、今の日本の国全体だけ、を意味していたということです。「外国」と付き合うようになって、初めて、国が生まれ、「国民」が誕生するのです。つまり明治のなかごろまでは、一般の人には、自分は日本という国の一員だとという概念はなく、ましてや国民という意識はなかったのです。あったのは、藩という単位であり、士農工商という身分制度なのです。それでこの世の全てが完結していたのです。
極端にいうと、「藩」という単位が今でいう「国」にあたり、「外国」はあることは知っていても、一般の生活には全く関係のないものであり、外国人なんていうのは「宇宙人」くらいの感覚だったと思われるのです。
少しハナシがそれますが、「廃藩置県」の強引さ、というのは、今の感覚でいうと、国際連合(UN)が全世界の国々を直接統治しますよ、という感じです。しかも各国(各藩)の代表が集まって国際連合を運営しましょう、ということではなくて、少数の大国(薩長)がその「意向を汲んだ人物」をその他の国々(藩・県)に擁立して、国際連合(明治政府)という名の下に直接行政を執り行います、ということなんだと思います。
つづく。

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2005/08/25

ハチミツとクローバー・その2

 以前、アニメ化の時に紹介した(4/20の記事・TB参照)「ハチミツとクローバー」が実写映画化されるそうです。ボクは原作を読んでからは、すっかり原作派になってしまいました「やはり」。アニメの方はご無沙汰となってしまっています。何といいますでしょうか、キレイにまとまりすぎ、というか、原作のワイルドさが削られてしまった印象を持ったんです。しかし、深夜枠にもかかわらず視聴率はかなり良いとのこと。(・・・そうなんだ)
主演は嵐の櫻井くん、はぐちゃん役は蒼井優ちゃん、など。来年夏に公開予定。蒼井優ちゃんが、はぐちゃん役。ボクには正直イメージが湧きづらいです。どうせやるなら、もっと「無難ではないアグレッシブな」配役をして欲しかったです。いろいろ難しいでしょうけど。

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2005/08/23

薩長閥時代(仮)

 ボクは歴史については、今のところ幕末中心という、「かなり」片寄った興味の持ち方をしています。と、いうか他まで手が回りません(回してません)。
そういう中でとても素朴な疑問があるのです。「時代の区分」というのがありますよね。例えば、江戸時代、とか、戦国時代、とか、鎌倉時代、とかとか。これはその時々の、政治の体制とか支配のシステム、あるいは時代の雰囲気(価値観)と言っても良いかもしれませんが、とにかくそういう側面からの「区分け」ですよね。
ところが、近・現代史(つまり明治以後)に入ると、そういう言い回しがなくなって、元号(皇位の継承を単位とすること)表記のみになりますよね。これは何故でしょうか?それとも一般的でないだけで、専門家の間ではちゃんとした「ことば」はあるのでしょうか?
ボクは、幕末の大政奉還(徳川家が政権を手放すこと)から太平洋戦争敗戦まででひとつの「時代」がくくれるハズだよなあ、と思っているのです。つまり、幕末に水と油の薩摩と長州が手を組んで、政権を握ります。時代が進むにつれて、陸軍には(幕末の)長州的風土が、海軍には薩摩的風土が引き継がれていきます。やがて長州的風土が国全体を覆い尽くし、それがアダとなって太平洋戦争の敗戦につながっていく、という流れです。
それ以後は「民主主義時代(仮)」みたいな感じで・・・。

どうもこの辺のハナシは難しいです。文をひとつ書くごとに、倍くらいの注釈が必要な気分になってきます。次回、少しだけ補足します。

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2005/08/22

浸食2

redbike

むかし諸星大二郎のマンガに、都市が植物?に侵されていくというのがありましたよね、たしか。そんなんを思い出しました。

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2005/08/21

オリオンビール

orion コンビニでオリオンビールを見つけました。「お、珍しいな」と思って買ったのですが、よく見ると缶の上部に“Asahi”の文字が(画像見づらくてスイマセン)。ホームページを見てみると、オリオンビールとアサヒビールは、平成14年に包括提携というのを結んでいるとのこと。
現地製造分には“Asahi”の文字はないようですね。
事情は多少違いますが、SAPPORO・CLASSICも本土でふつうに呑めるようになると嬉しいんですけどね・・・。

オリオンビールのHP
サッポロ・クラシック製品紹介のページ

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2005/08/19

右大文字?・その2

 ボクが京都に在住していたのは10年も前ですから、如意ヶ嶽の「大」を右大文字と呼ぶことが普通になったとしても、特にどうこうあるわけではありません。違和感は感じますけど。(もしボクが知らなかっただけで昔からあったとしてもそれはそれでいいんですけど)、ただ希望としては、その言い回しを定着させるのは地元(つまり京都)の主導であって欲しいな、と思います。観光資源を活用する主導権は地元であって欲しい、なと。
先日、面白い?場面に遭遇しました。関東ローカル(たぶん)の番組で「生」放送でのコメントです。京都の穴場を案内する、という企画でした。
A「そういうわけでバスの乗り場は出町柳(でまちやなぎ)というところです。知ってますか?」
B「ああ、たしか二条のあたりだね」
A「そばに上賀茂神社があります」
その後、放送は特に訂正が入るわけでもなく、滞りなくすすんでいくわけです。たぶんツッコミを入れたのは(入れられたのは)、10人に1人もいなかったでしょうね。京都好き、とか言っても観光で行く人の認識は「ほとんど」がその程度だと思うのです。
全国にあまた存在する「京都好き」には振り回されることなく、地に足をつけて観光産業を復興させてもらいたいと思う今日この頃です。・・・趣旨がわからなくなってきてしまいました(笑)。

ちなみに訂正を入れておきますと、「二条」が二条通をさすのか、二条駅あたりをさすのか不明ですが、どちらにしても出町柳とは見当違いの方向にあります。出町柳の近くにあるのは上賀茂神社ではなく、下鴨神社でございます。

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2005/08/18

その後の新撰組!・その2

 スペシャルドラマ「その後の新撰組!」、放送時間枠は90分のようですね。少し物足りない気もしないではないですが、NHKはCMがはいりませんから、民放の2時間枠といっしょくらいかと思えば、こんなところかしらん、という気がしないでもない感じですかね。

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2005/08/17

右大文字?

 京都の8月16日は「五山の送り火」です。山肌に燃える「大」の文字が有名ですよね。これについて、ボクがちょっとした「勘違い」というか、「混乱」というか、「誤解」というか、を起こしてしまったというお話です。
京都の街の中心地は碁盤の目になっています。地図で見ると、その「右」側が左京区と呼ばれ、「左」側が右京区と呼ばれます。どうしてかというと、(碁盤の目の)中央にある御所、そこにいる帝(みかど)から見た視線を基準に、右と左とを分けていたからなんですね。つまり帝の着座?位置は「南向き」だったのです。そういうわけで地図とは見た目、左右反対になるのです。
さて、「五山の送り火」というくらいですから、五カ所で送り火が焚かれます。その中に「大」の文字は、実は2つあります。ひとつは(地図の右側、帝視線では左側の)如意ヶ嶽に(a)、もうひとつは(地図の左側、帝視線では右側の)金閣寺の裏手(b)にあります。さてここで「右大文字」と言われた場合、a、bどちらでしょう、というハナシです。
ボクはなんのためらいもなく、b を選んだのです。ところが、よーく考えていくとb は「左大文字」ではなかったかしらん???、と思い始め、頭の中で大混乱を生じてしまったのです。原因はボクの認識の問題でした。a を指す場合、通常「右」とか「左」とかは付けず、ただの「大文字」と呼ぶのです。b を呼ぶ場合はa と区別をするために「左大文字」と呼んだのです。つまりこの場合、大文字の前に一文字が付いたので、反射的にb と言ってしまったのですね。
けっきょく、右大文字とは、a のことでした。この呼称は一般的なのでしょうか?ボクの中では如意ヶ嶽の「大」を右大文字と呼ぶことには、けっこう違和感があるのですが・・・。

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2005/08/16

amin

 お気に入りの中国人の歌手です。サントリーウーロン茶のCMを歌って日本で有名になりました。
何かで「歌にのせると最も美しく響く言語はフランス語と中国語(北京語ですかね)」と言っていましたが、聴くと実感しますよね。

アミン・オフィシャルHP

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2005/08/15

浸食

turu
仕事にかまけて放っておいたら、蔓草がとうとう「雨戸ライン」にまで達してしまいました。

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2005/08/14

Bolton 移籍

 中田ヒデのプレミアへの移籍が決定したみたいですね。良かったですよね。
明日?の記者会見は英語かしらん。

nakata.net(中田英寿オフィシャルHP)

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2005/08/13

盂蘭盆会

 世の中、お盆休みのようですね。こちらも少し軽めにいきましょうか。

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2005/08/12

日航機墜落

 日航機事故が起きた日のことは、とても鮮明に覚えています。地元のマクドナルドでバイトをしていたんですよね。ボクはクローズ専門要員でした。閉店直前に出勤して、厨房の後かたづけをするんです。終わるのは0時くらいではなかったでしょうか。
その日も仕事が終わって、みんなで2階の控え室に帰ると、とっくにあがっているハズの人たちがラジオを囲んでいたんです。ラジオからは犠牲者の名前が延々と流れていました。ボクはそのバイトは半年くらいしかやらなかったのですが、日航機のニュースが流れる時期になると、あの「控え室」の光景を思い出します。
そのマクドナルドは、1階、2階が店舗で、地下一階が「やるき茶屋(居酒屋)」だったんですよね。0時に仕事を終えると、みんなで地下に直行し、閉店(朝の5時)まで呑んでいました。あのころは元気だったなあ・・・。

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2005/08/11

「君が代」のルーツ

 御用達(笑)の雑誌、ニューズウィーク・日本版に「君が代の生みの親はイギリス人」という一文のある記事をみつけました。以下、補足がてら・・・。
明治に入ると、今までには経験のない様々な行事が出現します。外国からの貴賓を迎える、というのもその一つです。その接待役のひとりに薩摩(いまの鹿児島県)藩士・原田宗助という人がいました。原田はイギリス人の世話役のフェントンに「日本の国歌はなんだ」と聞かれました。貴賓がきたばあい、奏楽が必要だからです。そんなものはありません。原田はあわてて薩摩藩の上司・川村純義に相談します。すると「歌ぐらいのことでいちいちオイに相談するな!」と一喝されてしまうのです。青くなった原田は同役の乙骨太郎乙に相談します。乙骨は旧幕臣で、いろいろ考えた末に、徳川将軍家・大奥が元旦におこなう「おさざれ石」という儀式に思い至るのです。
これは元旦の日に上の句と下の句に別れ、上の句の担当が「君が代は千代に八千代にさざれ石の」と唱えると、下の句の担当が「いはほとなりて苔のむすまで」と応え、そのあと、将軍家に年賀を申しのべるというものです。この儀式は徳川家の創始ではなく、国持大名家の「奥」にもしばしば見られるものだったようです。それが証拠に原田も「その歌詞なら我が藩の琵琶歌のなかにもある」といって手をたたいて賛成し、早速にこの琵琶歌をフェントンに聴かせました。フェントンは(彼の基準からすると)この奇妙な節回しに多少の手直しを加え、楽譜に起こし、とにもかくにも急場をしのいだようです。
その後、この初期「君が代」は、何度かの音律の改訂を重ねて明治13年に完成をみました。もっとも当時の日本人の多くは「国歌」があることすら知らないものがほとんどだったわけですが・・・。
「通説」では、君が代の誕生にはいくつかあって、大山巌あたりが「大きく正面」に出てきたりするものもあるようですが、元の元は上記の顛末が正しいようです。

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2005/08/10

東海道五十三次

 東海道は五十三次といって、江戸日本橋から京都三条大橋への道中に五十三の「宿場」があります。この五十三という数字は実はイミがあるとのことです。宿場を配置していったらな〜んとなくこの数になったという訳ではないんですね。
華厳経という仏典の中でのエピソードのひとつに由来します。善財童子という少年が文殊菩薩の説法を聞いて一念発起し、五十三人の善知識を訪ねます。そして、さいごに普賢菩薩のもとに辿り着き、大きな悟りを開いたという物語が語られているんだそうです。善財童子は修行する者の理想の姿とされて、この華厳経が広まった時期には民衆の人気者でもあったようです。

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2005/08/09

新撰組血風録

 以前に紹介した「燃えよ剣」(7/9の記事、TB参照)とは、セットで持っておくべき一冊。司馬遼太郎氏が「燃えよ剣」執筆の前段階として書いた新撰組に関する15編の短編集。
「燃えよ剣」が新撰組の誕生から滅びるまでを時間軸で追ったドラマであるのに対し、こちらは、メジャー、マイナー色々な隊士の京都での「日常」を描いていきます。この本にはまった人は、長編は苦手でも自然と「燃えよ剣」を読んでしまいすよ、きっと。
沖田総司を主人公にした2編がお気に入り。「沖田総司の恋」「菊一文字」、両編とも本当に切なく心に残ります。
司馬遼太郎氏は同時期に、あの「龍馬がゆく」も執筆しているんですよね。頭の中はどうなっていたのでしょうか?
「龍馬がゆく」で新時代の夜明けに感動した人も、こちらを読むと一気に佐幕派(江戸幕府の味方)に寝返れること請け合いです(笑)。

Plus1_arrow新選組血風録 (角川文庫)、詳細データへのリンクです

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2005/08/08

あいおいビル

aozora
毎日あついですね。

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2005/08/07

River's Edge : リバーズ・エッジ

river 10年くらい前でしょうか。新宿での用事に、まだ少し時間があったので漫画喫茶に寄ったんです。そこで手に取ったのが初めてです。「機会があったら読みたいなあ」とホンの頭の片隅にあっただけなのです。不意打ちを食らったようなモノでした。読み終えて、用事はキャンセルして家に帰ってしまいました。
この日はもうなにも出来なかったことは覚えています。
数ヶ月前、東京・中野の「まんだらけ本店」を覗いたときに、思い立って?購入してしまいました。それからはページを開くこともなく「積ん読」の一冊になっていました。ヘビーな気分になること請け合いなので、心が健康なときを待とうと思ったのです。しかし、ここのところ「ブルーハーツ」を聴いたりして、時代の気分がフラッシュバックしてきたので思い切って読むことにしました。さすがに今回は1時間くらいで立ち直りました(笑)。
ワイドショーなどでは、相変わらず評論家がしたり顔でいろいろ言っていますが、世の中なんてちっとも変わっていませんよ。たぶん、これからも変わらないと思います。あたらしい「大人」が増えるだけです。
分かりづらいですかね、スイマセン。
著者の岡崎京子さんが交通事故にあってから、どれくらいが経ったでしょう。彼女が穏やかに生活をしていることを願いつつ・・・。

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2005/08/06

村上信夫 氏

 帝国ホテルの元総料理長の村上信夫さんが死去しました。84歳。フランスのホテル・リッツなどで修行をした日本におけるフランス料理の草分け的な人です。
ボクはある時期、日経新聞を購読していたことがあるのですが、そこで読んだ氏の「わたしの履歴書」(本人が書く回顧録?のような長寿シリーズ)が印象に残っています。帝国ホテルのポテトサラダの「秘伝」を知った時のエピソード(ボクの思いこみで間違っていたらゴメンなさい)というのがあって、それは何かというと、茹で上がったポテトを「とにかく早く皮をむき、一刻も早く塩コショウをする」という何とも単純明快な方法で、料理というのは、結局、手際とタイミングで全てが決まる、というお話です。
TVに出ていたのを、たまたま見たこともあって、塩をつまむと、今何グラムをつまんでいるのかが計らなくても分かる、とか、その塩を黒い紙の上で氏が無造作にふると、見事に「まんべんなく均等に」塩の粒が広がっているなんてのに、感心したことを思い出します。

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2005/08/05

ひめゆりの話

 すこし前に、青山学院の英語の試験で、沖縄の「ひめゆり体験談が退屈だ」といった内容を出した教師が謝罪をするという事件がありました。例によってマスコミが、文脈を捉えずに「一部を引用」して、ヒステリックに騒ぎ立てる、という「よくある」図式がみられたわけです。試験で使うに適しているかどうか、という問題はありますが、コラム自体はかなり的を射た良い文章だったそうです。
「ひめゆり」に限らず、戦争体験などの語り聞かせに、今、大変重要な問題が持ち上がってきているそうです。それは、お年寄りたちの語りが「うまくなり過ぎてしまっている」という問題です。おそらく何百回、人によっては何千回と「同じコト」を話すのです。口調はひたすら滑らかに、文章の無駄がそぎ落とされたそこには、一般市民が語る生々しい体験談は無く、名人の域に達した「話芸」が存在するのみになってしまっているのです。芸能と語り聞かせは、対極にあるものです。もちろん、お年寄りたちのせいではありません。仕方がないことなんです。60年の歳月がそこには存在するのです。

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2005/08/04

奥崎謙三 氏 その2

 奥崎謙三氏を追ったドキュメント映画「ゆきゆきて神軍」(7/5の記事、TB参照)のすごさの本質は、実は、映画本編だけではなくて、そのメイキングの過程にあります。映画館でビックリし、帰宅して「解説本」を読んで更にビックリし・・・。
原監督は、もちろん、奥崎氏の「日常」を追いかけようとします。しかし奥崎氏はカメラが廻ると、とたんに「戦争責任を過激に追及する」奥崎謙三を「演じ」はじめるのだそうです。監督としては「自然な」奥崎氏を望みますが、彼は断固「こうあるべき」自分を演じつづけるのだそうです。つまり正確なイミでのドキュメントの体裁をなさなくなっていったのです。
監督と奥崎氏の闘いは、やがて一つの頂点へと向かいます。奥崎氏が「演出」にまで口をはさんで来たのです。「これからどこそこへ行って、こういうことをやらかすから、そこでカメラを回せ!」といった具合に。
(おそらく)監督の望んだ形のドキュメントにはならなかった映画がそこに完成したというわけです。

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2005/08/03

saku*saku*

 tvk(テレビ神奈川)の看板番組SAKUSAKUからジゴローがいなくなったことを一月も気がつかなかったとは、あまり熱心な視聴者とは言えませんよね(笑)。ただ、とにかく朝からゆるいので、見てしまうと仕事や学校に行く気がなくなるんですよね。
この番組(前身のSAKUSAKUモーニングコールから)は、代々人選がけっこう絶妙なんですよね。ボクが一番見ていたのはブレーク前後のPuffyが司会をやっていたころですかね。生でPuffyが天気予報をやったりしてました。吉村由美が担当の日は「今日の寝屋川(彼女の実家・大阪の地名)」というピンポイントの予報もあったりして、あのころからゆる〜い伝統は確立していた感じです。
ユースケ・サンタマリアも出てましたし、個人的にはフリップ・フラップという双子の姉妹を応援していたのですが、彼女たちは今、どうしているでしょう?
・・・なんかまとまりのない文章になってしまいました。

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2005/08/02

クビになった増田ジゴロー

 なんてコトでしょうか。まったく知りませんでした。増田ジゴローが7月1日付けで、「SAKUSAKU」をクビになっていたのです。まったく世の中油断も隙もありゃしない、です。
SAKUSAKUというのはtvk(テレビ神奈川)の番組名です。朝の帯番組で木村カエラと「マペット」の増田ジゴローのゆる〜いトークが評判を呼んでいます(いました?)。木村カエラが全国区としてブレークするきっかけとなった番組と言っても過言ではなく、ジゴローとの絶妙なかけあいは、「サクサカー」というファンまで生み出してきたのです。
クビの原因は、ジゴローという「キャラクター」をめぐる著作権の問題のようで、TV業界に今も残る悪しき習慣に翻弄される形になったようです。この問題は神奈川新聞の記事にもなった、とのことです(かなり公平性を欠いた文章だったようですが)。
急きょ登場した新キャラクターは当然のように評判がよろしくないようですね。かわいそうな木村カエラ。ジゴローの大ファンである、一青窈やaikoは今後番組に遊びに来るのでしょうか?

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2005/08/01

8月のごあいさつ! (05)

 南方系か北方系か、と聞かれれば、なんの迷いもなくボクは北方系です。「北海道病」だったころも、最後の方は冬にしか行かなくなりましたし、スターウォーズのエピソード5が好きなのも、裏の理由はオープニングが「氷の惑星」が舞台だからです。
そんなわけで夏は苦手です。出不精に拍車がかかり、ビール呑んでグタ〜、としてます。用事は仕事のある日に済ませて、休日は外出しません。夏好きの人が、秋のとば口に「あ〜、もう夏が終わっちゃう!」なんて叫んでいるのを見ると、後ろから首をしめてやろうかと思います。しめませんけど。1年中秋と冬が繰り返せばいいと信じているのです。
こういう時にはパソコン周りも極力いじりません。本当はOSもバージョンアップしようと考えていたのですが、9月にマイナーアップするようなので、それを理由に止めました。ブログについても、ただひたすらにしゅくしゅくと記事を積み重ねていく所存でございます。
そういう感じではありますが、今月もヨロシクおつきあい下さいませ。では。

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