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2005年5月に作成された記事

2005/05/31

日刊新聞の読み方

 アメリカのニュース週刊誌「News Week」が、イスラム教のコーランをめぐる記事において、謝罪をせざるをえなくなったという事件がありました。その後、誌上において自己検証記事などが掲載されました。その中に、ボク(たち)自身ももう一度、再確認、というか、再認識をしておいた方が良いなあ、という思いを強く感じた文章がありました。日本版の記事より転載をさせて頂こうと思います。
78年、ワシントン・ポスト紙の記者、デービッド・ブローダー氏が、ピュリツァー賞を受賞した際に行ったスピーチの一節だそうです。
「われわれは、次のことを何度でも繰り返して言うべきだ・・・あなたたちの家に届く新聞は、過去24時間に私たちが聞いたことの一部について、部分的で性急かつ不完全で、必然的な欠陥を伴う、不正確な説明を施したものである。
事実が大きくゆがめられないよう最善の努力をしているが、1時間くらいで読めるように記事の内容を圧縮する過程で歪曲が生じる。新聞というものを正確に説明するなら、こう申し添えたい。私たちは与えられた状況の下で最善を尽くしました。明日、また修正を加えた最新版をお届けします、と」

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2005/05/30

中野ブロードウェイ

 先日、初訪問した東京中野、中野といえば、何はともあれオタクの殿堂「中野ブロードウェイ」なわけです。もちろん行ってきました。むかし香港を訪れたことがあるのですが、その時の怪しい雰囲気を彷彿させます。このタウンビルは地下1階から4階までがショッピングモール、5階以上がじつはマンションになっていて、かつて青島幸男氏も在住していたとか。

右サイドバーのマイフォトに「broadway」というアイコンがあります。画像を何枚かUPしました。ご覧下さい。

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2005/05/29

二宮金次郎

 ラジオで聞いたちょっと「いい話」です。
あまり見かけなくなりましたが、二宮金次郎というと、薪を背負いながらも寸暇を惜しんで本を読んでいる姿が、勤勉の美徳の象徴のようになっています。とある老人が、二宮金次郎の銅像を見かけるたびに怒るんだそうです。
「オレも子どものころは薪を背負わされたものだ。けど、本なんかを読めるほど軽かったことは一度もない。あいつ(二宮)は、仕事をナメている!」
そのとおりです(拍手)。

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2005/05/28

その後の新撰組!

 昨年NHKで放送された大河ドラマ「新撰組!」のスペシャル版が来年1月に放送されることが決定しました。つくづく視聴率とはなにか、ということを思いました。このドラマをボクは、大河としては久々に一話も欠かさずに見ました。ファンの人は思っていたはずです。脚本家・三谷幸喜の最高傑作は「王様のレストラン」でも「古畑任三郎」でもなく、「新撰組!」につきると。
その三谷さんのコメントを以下に引用しておきます。
あるイミ全てを語っていると思います。
「『新選組! 』を見続けていた人には最高のプレゼントに、見ていなかった人にはそれを思い切り後悔させるような作品にしたい」

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2005/05/27

リヴァプール優勝(UEFA CL)

 そりゃリヴァプールが勝つといいなあ、とは心情的には思っていました。それにしてもあのミランから3点も取ってしまいましたよ。ありえないっす。
準決の対チェルシー戦を見ていて思ったのですが、イングランドのサッカーってシンプルで力強くってなんかいいですよね。俺たち肉体労働者!って感じです。国籍のちがう選手でも、その国のチームにはいると、その国らしく染まって見える、サッカーって不思議です。サポーターの力ですかね。
ミランは残念でしたけど、・・・けどやっぱり年末、日本に来て欲しかったです。わがままな悩みです。

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2005/05/26

サツキとメイの家

 「愛・地球博」ついでにもうひとつだけ。目玉のひとつとして「サツキとメイの家」というのがありますよね。これまたひどい状況で、チケット入手困難、オークションに出回る、などしていると聞きます。「スタジオジブリ」としても、この状況はいかんともし難いようです。この「サツキとメイの家」は、最初から、博覧会終了後も、移築など、何らかの手段をもって公開をしつづける、という前提で建てられているようです。いろいろ「大人の事情」があって、(現時点でボクが知る限りは)公にはできないようですが、そういう方針ではあるようです。今すぐ見たい人は今すぐ見たいのでしょうが、そうでない人は少しのんびり構えてみるのも・・・ダメですか?

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2005/05/25

愛・地球博

 「愛・地球博」については、基本的にボクは興味はないのでかかわらないようにしていました。しかし、親が出かける、ということで、人気パビリオンの「ネット予約」などの調べモノを頼まれたわけです。細々とは書きませんけど、煩雑でまあひどいものですね。「人類の知恵と何とか」でしたっけ?スローガンみたいのがあるじゃないですか。ハード面ばかりじゃなくてソフト(接客)の方面でこそ、そのスローガンを達成させろよ、って感じです。仮に自分が行くとしたら、もっと万全に調べ上げますが、お年寄りとか、それこそ外国のお客さんとか、情報を持つモノと持つ手段を知らないモノとの格差は広がるばかりですね。複雑になった分、大阪万博より後退していると言ってもよいのではないかとさえ思います。
入場人数ばかり気にしないで、「お客さんの満足度」を気にして欲しいものです。

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2005/05/23

大中央線主義

DSC00427 東京の中央線沿線と言えば独特の文化圏を持つ地域ということで有名です。最近、中野を訪問する機会を得ました。どういうわけか、中野は初訪問なのでした。画像の書籍は最後に高円寺を訪れた際(もう5年も前だ!)、マニアックな感じの本屋さんでGETしたものです。沿線限定情報誌の記事からお店情報をまとめた感じの内容になっています。新宿から八王子まで網羅。
  「大中央線主義・史上最強の沿線裏ファイル」
    月刊高円寺本舗発行人・豊中康次 著 
    情報センター出版局 刊

右サイドバーの「マイフォト」に、画像を数枚UPしました。「nakano」というアイコンからご覧下さい。

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2005/05/20

雑賀党

 5/13「さいか屋さん」からの関連。
雑賀党がなぜ、戦国時代最強の傭兵軍団と言われたかというと、鉄砲のスペシャリストだったからです。この時代、鉄砲を制するということは、非常に価値のあることでした。そしてもう一つの特殊性は、この地域の人々がどの大名(殿様?)の下にも属していなかったという点でしょう。独立自治を守っていたということです。ちょっとハナシがそれますが、この地域では「敬語」というものが発達しなかったそうです。なぜなら上下関係がなかったから。これはこれでひとつの話題として面白いのですが、ここでは割愛です。
話したいことは、この雑賀党が、つい最近まで(もしかしたら今でも)つづいているらしい、という事実なのです。少なくとも昭和40年代には、「雑賀党の子孫」を名乗る老人が全国の末裔を捜し歩いて、組織作りをしていたらしいです。そして件の中堅デパート「さいか屋さん」にも訪ねていったそうで、さいか屋さんのオーナーは、やはりその地の出身者だったそうですが、老人の「雑賀会」にちゃんと入会したとのことです。すごいハナシです。
雑賀というともう一つ忘れてならないのが「八咫烏(やたガラス)」です。家紋というかご神体というか、そういう位置づけのモノです。八咫烏というのは、3本の足をもつカラスのことで、そうです、みなさんご存じ、日本サッカー協会のシンボルマークなんですねえ。
またまた来週につづく。

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2005/05/18

国際化

 小泉首相が「世界のみなさん、日本へいらして下さい」とCMでメッセージを送っていたのは昨年でしたか。
身近に出会った国際的なお話2題です。
ひとつ・東京の某ターミナル駅にて、外国の方が女性二人に何事か尋ねていました。彼女たちは制服を着、腕章をつけ、明らかにインフォメーション周りの係だと見受けられました。しかし彼女たちは、(おそらく)コトバを全く解せなかったのでしょう。要領を得ない外国の方は、いかにも不可解なモノに出会ったような感じで、あきらめ、その場を立ち去りました。腕章をした二人は「チョーヤバかった。あんなのムリムリ(推測)」といった感じでケタケタと笑っていたのでした。あの二人が「せめて」正社員でなかったことを願います。
ふたつ・ボクが高輪の1号線(東海道)沿いを歩いていると、外国の人に話しかけられました。(ボクには)早口だったので、もう少しゆっくりと、シンプルな単語でお願いします、と答えました。今度は単語は聞き取れました。ところが肝心の質問の意味がわかりません??。頭の中であれこれ単語を組み立て、ハッと気が付きました。どうやら「日本らしい(昔の面影のある)街道はどこに行けば見れるか?」と言いたいようでした。なるほど。「この辺には、そんなところは残ってませんよ」としか答えられませんでした。世界の東の果ての国の首都にある立派なホテルの周辺は、コンクリートの道と車と不揃いのビルばかりです。日本情緒を求める旅行者のお散歩には不向きです。

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2005/05/16

4月のヤフオク(05)

DSC00318_1 ゴッホ展は昔からけっこう行っています。その中でも、95年に横浜美術館で催されたものが、コンセプトとしてはかなり良かった印象でした。その時のカタログが出品されていたので、手に入れてみました。現在も東京都美術館かどこかで催されていますね。今回は行かないつもりです。何となくなんですが、同じ作品を何度も見ていると、初めて見たときのインパクト、「素直な」感動がうすまっていくような気がしないではないからです。あるいはゴッホの人生の重さばかりが胸にせまって、気が重くなってくる気がするのです。

Ya0504というタイトルでその他の画像をUpしました。興味のある方は右サイドバーの同名アイコンからご覧ください。

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2005/05/13

さいか屋さん

 実家は神奈川県の川崎です。川崎というのは、ボクが子どものころは、東京と横浜という2大商業地区にサンドイッチのように挟まれた中途半端に発展しきれない街でした。それでも年に何回かは「お出かけ」するわけです。行き先は「さいか屋さん」がほとんどでした。今でもあります。地域密着系の中堅デパートです。地元の中学、高校の制服などの指定店舗だったりしたのではないかと記憶しています。
物心つくと、小さいころは疑問に思わなかったことが疑問になります。さいか屋さんの「さいか」ってなに?という疑問です。「さかい」の間違え?ちがうようです。大阪弁の「さいでっか?」を縮めて「さいか?」、商人ぽい感じです。などなど、ちょっと不思議なコトバだったのです。
場所が飛びます。時代も飛びます。ところは紀伊半島、世は戦国時代、「味方にすれば必ず勝ち、敵にすれば必ず負ける」といわれた、最強の傭兵軍団がありました。その名を「雑賀党」。読みは「さ・い・か・とう」!。
来週くらい(予定)につづく。

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2005/05/11

チャンピオンズリーグ FINAL

 いよいよチャンピオンズリーグ決勝進出の2チームが決まりました(って、もう1週間くらいたちますけど)。
どちらを応援すればいいのか、本当に迷います。ここまで来たからにはリバプールに勝たせてあげたいですよねえ。しかしミランにはミランで、ご贔屓のガットゥーゾが頑張っておるのです。彼は見るたびに「汚ならしく」なっていくような気がするのですが、それでもイタリアでは「一晩だけならつきあってみたい男」ナンバー1らしいです(笑)。
ボクの希望としては1−0でリバプールの勝ち。
けど予想としては2−1でミランの勝ち。
5月25日。イスタンブールにて決戦。

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2005/05/09

幕末

 ボクはどちらかと言うと歴史には興味がない方でした。なぜかというと、「むかしのハナシ」だからです。しかしここ数年くらいは、歴史、とくに幕末という時代に興味を持つようになりました。なぜかというと「むかしのハナシには思えなくなってきた」からです。
これはわりと多くの人に共感してもらえると思うのですが、自分がある年齢を重ねた時、その自分の「むかし(ちいさい頃)との変わらなさ具合」に驚いたりしたことがあるのではないかということです。「周りの人が思うほど、自分は大人になった気がしない」感とでも言いましょうか・・・。
幕末を生きた人間に近藤勇という人がいます。この人の命日は1865年4月25日と記憶しています。これはまだ江戸時代です。ボクは今年40歳になりました。つまり1965年生まれです。ちょうど100年の「差」があります。子ども頃は100年前というのは、遙か遙か昔のことでした。しかし自分が生きた40年を振り返ると、「これの2倍半か」という実感としての距離が感じられるようになってきました。時間に対する感覚が変わってきたのですね。たとえば10歳の頃にオープンしたお店は、TVなどでは、いまや30年の歴史を持つ立派な「老舗」と言われたりするのです。そんなの「ついこの間の気がしたのに・・・」といった具合です。おばあちゃんの「この間の戦争が」というハナシを、どうもかみ合わないなあ、と思っていたら日露戦争のことを話していた、という逸話を笑えない気分なのです。そしてそんな1865年には、日本には本当に侍がいて、士農工商で、何万石とかいう単位?が使われて、東海道は歩いて行くのがふつうだったのです。

文中に登場した近藤勇が命を落とした場所を訪れる機会がありました。「板橋 新撰組墓所」というタイトルで画像を何枚かUPしてみました。興味のある方は、右サイドバー「マイフォト」からご覧下さい。

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2005/05/06

本丸

 新しいカテゴリーです。ホントの意味で「ボク自身の為」の覚え書きです。内容はどうもひと言では説明しづらく、カテゴリー名も「ちゃんとした」ものを考えたのですが、どうもピンと来ません。「TimelessComfort」というのは、近所にあるインテリア雑貨のお店からいただきました。ちなみにボツったカテゴリー名は「幕末」、「時代」、「温故知新」・・・。ちゃんとしたことを書く時もあれば、これだけかい、という時もあると思います。前に言ったこととまるで逆さのコトを書いたりするかもしれません。それは今までとどこが違うの?と聞かれると、これまた答えられません。とにかくボクの中では「別ジャンル」で、このブログでの「本丸」なんです。そういうのをスタートさせます。

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2005/05/04

タイガー&ドラゴン

td AMAZONのギフト券が余っていたので、麻生芳伸氏編の「落語百選」をそろえました。画像を見てもらうと「冬」だけテイストが違うのがわかると思います。なにを隠そう「冬」だけは昔からもっていたのです(1980年発行の初版)。
のちのち揃えようと思っていたら、いつの間にか絶版になってしまったのでありました。あちゃちゃ。
時は流れ、つい先日、とある雑誌でクドカン(官藤勘九郎)の「最近のお気に入り本」という記事を見ていたら、どこかで見かけたたタイトルが!なんと出版社をちくま文庫に替えて再発しているじゃありませんか(以前のは現代教養文庫)。知らなかったぁ。こちらは初版が1999年となっています。落語も見直されてきてるのですかね。良いことです。おかげでわたしのコレクションも完成しました。
え?見かけなんて不揃いでもいいんです。読めれば満足なんです、あたしゃあ。
クドカンは「お気に入り」ってより、ドラマの「資料」だったんじゃないですかね。タイガー&ドラゴン。

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2005/05/01

5月のごあいさつ! (05)

 4月の半ばくらいから、記事のUPを週3体制にしてみました。
理由1:未投稿(アイデア段階を含む)の記事がたまってきてしまっている。
理由2:(慣れてきたのか?)ずいぶんと肩の力を抜いて文章が書けるようになってきた。
理由3:週3回の記事の割り振りのイメージができてきた。
てなところでしょうか。
まあ、まだまだ紆余曲折はあるのでしょうが、今にして思うと、とにかくこのブログを日記形式にしなくて良かったなぁ、とつくづく思います。日記ですと、その日にあったことですから、その日に書いてその日に投稿、ということを「まがりなりにも」しなくてはいけません。これはボクにはムリですねえ、きっと。
記事は時間のあるときに「書きためて」、それぞれ公開日時を指定しておく、という現方式がどう考えてもラクチンです。
ではではそんな感じではありますが、今月もヨロシクおつきあい下さい。

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